作者の魅力が出し切れていない
“生きること”への執着心を描いた4本の短編集。
「ゆすらうめ」と「白い月」は町民の、「花の顔」と「椿山」は武家の話である。
後者の2編はそれなりに展開を楽しみながら読めたが、前者2編は正直いってつまらなかった。
なぜだろう。
自分の中で形成されつつある乙川作品のキーワードは“長編”“藩士”であり、市井ものの短編は作風に合わないのかもしれない。
緻密な構成・複雑な人間関係を確かな筆運びで描くところに乙川さんのうまさが感じられるのであって、
短編ではその魅力が出し切れないのではないだろうか。
デビュー作品から
まるで花言葉のように、一つ一つの表題に花の名を冠している。「ゆすらうめ」の逆説的純情。「花の顔」の辛苦と共感。「椿山」の権謀術数と初心。象徴的に花木が使われている。 「白い月」だけ、そのパターンではくくれなく、そこらへんが初期短編集らしさだ。でもこの短編もいい。最後に救いを残すところが、既に乙川作品の特徴をあらわしている。 乙川氏の術中に落ちているからだろうが、後味がいいだけに、他の乙川作品を読みたくなってしまうだろう。私はいくつか読んでさかのぼって読んだけどけど…。 ちなみに、乙川作品は、どれをとっても間違いないです。
乙川さんの資質の高さを再認識させてくれる短編集です。
「ゆすらうめ」 越後出身のおたかは6年の年季が終わり、海老屋から離れる。しかし、国元の兄が訪れてきて30両ほど工面してくれないかと頼まれる。海老屋の番頭の孝助は何とか助けようとするが・・・ 当時の娼妓の苦しみが3日間のまともな暮らしの満足度からも良く伝わってきてせつないです。 「白い月」 おとよは亭主の友蔵の借金の取立てで苦しむ。 元はといえば、おとよの母の薬礼代がかさむために手を出した博打であったが・・・ 当時の女性の意地らしさとあさはかさが滲み出た一編で、最後の白い月がなんとも印象的です。私はおとよに強く同情しましたが・・・ 「花の顔」 さとは、主人が江戸詰、息子が遊学で不在、姑のたきとの2人暮らし。辛く当たるたきは次第にボケるように!もなってきてさとの苦労も増すばかりであったが・・・ この話はもちろん現代にも通じることで、結構面白く読めました。ラストの持っていき方が乙川さんらしく微笑ましく感じられる。 「椿山」 私塾である観月舎の孝子をめぐって繰り広げられる3人の男達の、少年時代からの成長振りを描いた中篇とでもいえる話で、当時の身分制度による各々の生き様の違いや運命を見事に描いています。特に、主人公の才次郎の変化振りと最後の達観(?)は恐れ入りました。
文藝春秋
屋烏 (講談社文庫) 五年の梅 (新潮文庫) 生きる (文春文庫) 霧の橋 (講談社文庫) 蔓の端々 (講談社文庫)
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